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東京地方裁判所 平成9年(刑わ)1770号 判決 1998年3月05日

主文

被告人Aを懲役二年に、被告人B及び同Cを各懲役一年二か月にそれぞれ処する。

被告人Aに対し、未決勾留日数中六〇日をその刑に算入する。

被告人B及び同Cに対し、この裁判確定の日から各三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人Aは、不動産の賃貸等を目的とし東京都港区東麻布<番地略>に本店を置く麻布建物株式会社(以下、株式会社について再出する際には、原則として「株式会社」を省略する。)、ゴルフ場の経営等を目的とし同所に本店を置く塩那開発株式会社及び不動産の賃貸等を目的とし同所に本店を置く麻布ランディング株式会社の各代表取締役としてこれらの会社の業務全般を統括掌理していたもの、被告人Bは、塩那開発の取締役として同社の経理等の業務を統括していたもの、被告人Cは、麻布ランディングの管理本部長等として実質的に麻布建物の総務、経理等の業務を統括していたものであるが、

第一  被告人A及び同Bは、麻布建物及び塩那開発を含むいわゆる麻布グループ各社の再建整理業務に携わっていた弁護士Dとともに、塩那開発の発行済株式総数一六万株のうち一三万株が三井信託銀行株式会社(以下、「三井信託」という。)に担保提供されていたことから、担保権を実行されて塩那開発の経営を支配されることを危惧し、その打開策として第三者割当の方法により新株三二万株を一株五〇〇円で発行する増資(払込総額一億六〇〇〇万円)を計画したものの、その資金がなかったことから、いわゆる「見せ金」により株式の払込みを仮装し、右増資手続を了した旨の新株発行による変更登記の手続きをしようと企てた。被告人A及び同Bは、D弁護士と共謀の上、平成五年六月一五日、塩那開発の増資登記完了後直ちに引き出して麻布ランディングに返戻する意図の下に、株式払込取扱金融機関である芝信用金庫本店営業部に開設した塩那開発名義の別段預金口座に、麻布ランディング及び鹿島総業株式会社名義で各八〇〇〇万円、合計一億六〇〇〇万円を入金して右発行する新株式総数の発行価額の全額が払い込まれたように仮装し、同日、芝信用金庫本店営業部から株式払込金保管証明書一通の交付を受けた。その上で、同月一八日、同区東麻布二丁目一一番一一号東京法務局港出張所において、情を知らない司法書士Eを介して、同局登記官に対し、右新株三二万株の払込みが全部完了して塩那開発の発行済株式総数が一六万株から四八万株に、資本の額が八〇〇〇万円から二億四〇〇〇万円に変更された旨の内容虚偽の新株発行による変更登記申請書に右株式払込金保管証明書等を添付の上、これを提出して登記申請をし、よって、同日、同登記官に同法務局備付けの商業登記簿原本にその旨不実の記載をさせ、即日右登記簿原本を同所に備え付けさせて行使した。

第二  麻布建物は、以前より多数の債権者に対して多額の債務を負担し、その返済及び利息の支払いを停止していたことから、平成五年九月一四日、東京地方裁判所から港信用金庫及び株式会社富士銀行に対して有する預金債権等に対する差押命令を受けたのを始め、その後も多数回にわたり、同裁判所から損害保険契約に基づく満期返戻金請求権や賃料債権等の債権に対する差押命令等を受け、今後も麻布建物の預金債権等に対する強制執行を受ける事態が予想された。このため、被告人A及び同Cは、麻布建物の預金を隠匿して強制執行を免れようと企て、共謀の上、別紙一覧表記載のとおり、平成六年九月九日から平成九年五月一日までの間、前後五四回にわたり、同区麻布<番地略>所在の港信用金庫麻布支店ほか一か所において、「弁護士D」名義で同支店に開設していた麻布建物の普通預金口座からその都度預金を払い戻し、その全額を麻布建物のいわゆる裏口座として同支店等に開設した借名口座である「C」名義又は「麻布自動車業販株式会社」名義の各普通預金口座に、出納振替の方法で合計二三億四二二万一〇一二円を入金し、もって、強制執行を免れる目的で麻布建物の財産を隠匿した。

(証拠) <省略>

(法令の適用)

一  罰条

被告人A及び同Bの第一の行為のうち公正証書原本不実記載の点

平成七年法律第九一号附則二条一項本文、同法による改正前の刑法(以下、一括して「改正前の刑法」という。)六〇条、一五七条一項

被告人A及び同Bの第一の行為のうち不実記載公正証書原本行使の点

改正前の刑法六〇条、一五八条一項、一五七条一項

被告人A及び同Cの第二の行為

包括して刑法六〇条、九六条の二

二  科刑上一罪の処理(被告人A及び同Bに対する第一の罪)

改正前の刑法五四条一項後段、一〇条(犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断)

三  刑種の選択(被告人A及び同Bに対する第一の罪、被告人A及び同Cに対する第二の罪)

各懲役刑

四  併合罪の処理(被告人Aについて)

平成七年法律第九一号附則二条二項、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で加重)

五  未決勾留日数の算入(被告人Aについて)

刑法二一条

六  刑の執行猶予

被告人Bについて 改正前の刑法二五条一項

被告人Cについて 刑法二五条一項

(量刑の理由)

一  本件は、①被告人A及び同Bが、弁護士と共謀の上、塩那開発の株式について、見せ金による無効な増資に基づき、虚偽の登記手続を行い(公正証書原本不実記載、同行使)、②被告人A及び同Cが、共謀の上、債権者からの差押えを免れるために麻布建物の預金を隠匿した(強制執行妨害)という事案である。

二  本件犯行に至る経緯等は、次のとおりである。

1  麻布建物と三井信託の関係等

(一) 被告人Aは、昭和三一年に麻布小型自動車株式会社、昭和三九年に麻布中古車販売株式会社(後に商号を麻布自動車産業株式会社に変更)を各設立して自動車の販売業を営み、その後、自動車販売の傍ら、駐車場用地にビルを建設して貸しビル業を営むようになり、昭和五三年には、麻布自動車産業を麻布建物株式会社に商号変更し、本格的に貸しビル業を営むようになった。そして、折からの不動産価格高騰のブームに乗り、所有不動産を担保に金融機関から融資を受けて新たに土地を購入するということを繰り返して保有不動産を増大させる一方、ゴルフ場経営、ホテル業等の関連企業を順次設立した。こうして、被告人Aは、一代で麻布建物を中心とする企業群(麻布グループ)を築き、そのすべてを統括するに至った。

(二) ところが、いわゆるバブル経済の崩壊により、麻布グループの所有する不動産の価格が急落し、また、株取引の失敗も加わって、麻布グループの資金繰りは急激に悪化したことから、平成二年一一月ころには、麻布建物を中心とする麻布グループは、メインバンクである三井信託から再建についての支援を仰ぐことになり、支援融資を受けるとともに、役員や従業員の派遣を受け入れて、三井信託にその経営の実権を握られるようになった。そして、平成四年二月には、三井信託から派遣された柴田敏海が麻布建物の代表取締役社長に就任し、被告人Aは代表取締役会長に退いた。

(三) 三井信託による麻布グループ再建の基本方針は、不動産及び株式等の資産を処分して借入金の返済に充てるというものであったが、被告人Aは、不動産を売却せずに経営を維持し、再度地価が上昇するのを待とうと考えていたため、次第に三井信託及び同社から派遣された役員との間で意見の対立を生じるようになった。

このような状況の下で、被告人Aは、麻布建物の顧問弁護士の一人であったDに麻布グループの再建について相談したところ、D弁護士から、三井信託と決別して麻布建物の経営権を奪回し、同人の指導の下に自力再建を目指すことを勧められたため、同年一二月ころ、D弁護士に麻布グループの再建計画案の策定を依頼した。

(四) 平成五年三月二日、被告人Aは、麻布建物の取締役会開催通知を受けたことから、右取締役会で被告人Aが麻布建物の代表取締役を解任されると考え、D弁護士の指示により、急遽同月四日、麻布建物の臨時株主総会を開催し、三井信託から派遣されていた取締役全員を解任した上、新たに、被告人Aの意のままに動く麻布建物の従業員らを取締役に選任した。このため、被告人Aと三井信託の対立は決定的となった。

2  判示第一の公正証書原本不実記載等の犯行に至るまで

(一) 三井信託は、被告人Aが麻布建物の株主権の行使により会社運営を意のままにすることをおそれて、同月五日、担保提供を受けていた麻布建物の株式一八万株余りを、三井信託の関連会社に売却処分した。

右の一部の株式について名義書換請求がされたことから、被告人Aは、三井信託に麻布建物の経営権を奪われることをおそれ、D弁護士と相談の上、麻布建物の従前の発行済株式総数二〇万株に対し、新株三〇万株を発行して被告人Aの家族に名義上取得させ、麻布建物の経営権を維持しようとした。そこで、被告人Aは、D弁護士の指導の下に、同月二二日、新株三〇万株を発行し、これを被告人Aの妻F他の家族に割り当てる旨の取締役会決議を行い、家族名義の定期預金を担保に借り入れるなどした一億五〇〇〇万円を資金として増資を実行し、翌二三日、麻布建物について、その旨の変更登記が完了した。

(二) 塩那開発は、麻布グループの企業として、栃木県のゴルフ場喜連川カントリークラブを経営する会社であるところ、平成五年三月当時の発行済株式総数は一六万株であったが、このうち麻布建物及び被告人Aの持ち株の合計一三万株は、麻布建物の債務の担保として三井信託に提供されていた。塩那開発は、ゴルフ場のプレー料等日々の現金収入が見込めたため、被告人Aは、麻布グループの自力再建のためには塩那開発の経営権を維持することが必要と考え、三井信託に担保権を実行されてその経営権を奪われることを恐れた。そこで、被告人Aは、D弁護士とも相談の上、塩那開発も麻布建物と同様に増資することとした。

しかし、増資の資金調達が困難であったため、同年五月下旬ころ、被告人A及びD弁護士は、D弁護士の発案により、見せ金増資の方法による塩那開発の三二万株(払込総額株一億六〇〇〇万円)の増資を実行することとした。すなわち、①麻布建物が前記増資資金を麻布グループの麻布ランディングに貸し付ける、②麻布ランディングが塩那開発の新株を引き受けてその資金を払い込む、③増資の登記終了後、右資金を塩那開発が麻布ランディングに貸し付ける形で同社に払い戻す、④同社が右資金で被告人Aの家族から先に増資した麻布建物の株式を買い取る、⑤その代金を麻布建物の増資の際に被告人Aが借り入れた資金の返済に充てるというものである。これに基づき、被告人Aは、被告人Bに対し、右の見せ金増資の方法を説明した上、増資の手続を進めるように指示した。

(三) 同年六月、被告人Aは、営業不信であった喜連川カントリークラブの経営を立て直すため、鹿島総業株式会社にその再建についての支援を依頼したことから、鹿島総業にも塩那開発の株式を保有させようと考え、D弁護士と相談した上、発行する新株の半分の一六万株を鹿島総業に割り当てることにした。しかし、右の実質は、鹿島総業の名義貸しであり、鹿島総業が引き受ける分の増資資金も、麻布ランディングの鹿島総業への貸付けという形で麻布ランディングが負担し、登記終了後に同社に払い戻されることに変わりはなかった。こうして、被告人Aは、被告人Bに指示した上、判示第一の犯行に及んだ。

3  判示第二の強制執行妨害の犯行に至るまで

(一) 前記のとおり、平成五年三月四日、被告人Aらが三井信託から派遣されていた麻布建物の取締役全員を解任したことから、三井信託は、麻布グループに対する約二〇〇〇億円を超える貸付残高について法的措置を講じて債権回収を図ることとし、同月八日、麻布建物との当座勘定契約及び当座貸越契約を解除し、麻布建物に対して新たな貸付けをしないことにした。また、三井信託は、かねて麻布建物が賃貸している物件の賃料債権に譲渡担保を設定する際、その賃料の取立てを麻布建物に委任してその資金繰りに供していたが、同月一〇日、右賃料取立委任契約を解除し、同月一五日には、麻布建物の賃貸物件の賃料が入金されていた三井信託の麻布建物名義の口座の預金を麻布建物に対する貸付金と相殺したほか、麻布建物から貸付金の担保に取っていた株券を貸付金の代物弁済として取得したり、担保不動産の競売申立又は任意売却、麻布グループ各社の他の銀行に対する預金債権を差し押さえるなどした。

(二) 他の債権者も、麻布建物が三井信託の支援を受けている間は、三井信託からの依頼と同社への信頼もあって、麻布建物に対する貸付金の元利金の弁済を猶予するなどの協力的な態度をとっていたが、麻布グループと三井信託が決別した後は、三井信託と同様、法的手段により債権の回収を図るようになった。

(三) 一方、D弁護士の指導の下に麻布グループの自力再建を目指す被告人Aにとっては、麻布建物のほぼ唯一の収入源であった賃貸物件の賃料収入を運営資金として確保する必要があった。

しかし、三井信託は、同年三月一〇日ころ、麻布建物の賃料債権に対する譲渡担保権を実行し、各賃借人に対し、以後の賃料を三井信託の指定口座に支払うように通知し、また、他の債権者も賃料債権を差し押さえてきた。このため、被告人Aは、債権者による譲渡担保権の実行や差押えを免れるため、同年四月ころから、麻布建物の賃貸物件の一部について、麻布グループの休眠会社である麻布ランディング等に賃貸または業務委託した上、同社が各賃借人に転貸する形式で賃貸人の地位を変更するとともに、同社がその取得する賃料の約八割を麻布建物に賃料ないし運営委託配当金として支払う形にした。

また、被告人Aは、麻布建物の賃貸物件の賃料が入金される預金口座の預金債権を債権者に相殺されたり差し押さえられることを免れるため、同年三月一〇日、港信用金庫麻布支店に「麻布建物株式会社代理人弁護士D」名義の普通預金口座(以下、「代理人口座」という。)を開設し、各賃借人に同口座に賃料を振り込むように依頼し、その結果、麻布建物の賃貸物件の賃料の大部分は同口座に入金されるようになり、麻布建物に対する麻布ランディング等の賃料ないし運営委託配当金も同口座に入金されていた。

(四) しかし、代理人口座は、麻布建物に帰属する口座であることが明らかであり、債権者に差し押さえられる危険があったことから、被告人Aは、被告人Bに指示して、同年四月一日、港信用金庫麻布支店に「B」名義の預金口座を開設させ、以後は、代理人口座から「B」口座に順次預金を振り替え、麻布建物の預金を隠匿するようになった。

同年九月一四日、代理人口座の預金債権が三井信託に差し押さえられたため、被告人Aは、被告人Bらに指示して、同月二二日、港信用金庫麻布支店に「弁護士D」名義の口座(以下、「弁護士口座」という。)を開設し、以後、賃貸物件の賃料等を弁護士口座に振り込ませ、前と同様に、更に同口座から「B」口座へと順次預金を振り替えていた。

ところが、同年九月中旬頃から、被告人Bが同Aとの感情的確執から、麻布建物に出社しなくなったため、同年一〇月ころ、被告人Aは、麻布ランディングの管理本部長として麻布グループに復帰して麻布建物の経理事務を総括していた被告人Cに対し、同人名義の預金口座を開設し、弁護士口座から預金を振り替えるよう指示した。そこで、被告人Cは、同月二二日、港信用金庫麻布支店に「C」名義の普通預金口座(以下、「C口座」という。)を開設した上、経理担当者らに指示して判示第二の別紙一覧表番号1から30までの犯行に及んだ。

(五) 麻布グループは、住宅金融専門会社(以下、「住専」という。)から総額七〇〇億円以上の借入れをしていたところ、平成七年七月ころから住専の多額の不良債権処理の問題が大きく報道され、同年一二月ころ、住専の処理に公的資金を投入する旨の閣議決定がされたため、住専等の債権者による債権回収がますます厳しくなるものと予想された。被告人Aは、これに対抗するためには、引き続き預金を隠匿する必要があると考えたが、預金の隠匿口座が「C」名義のままでは、口座の帰属に関してトラブルが生じるおそれがあり、また、個人名義の口座で多額の入出金を続けていては怪しまれると考えたことから、同月下旬ころ、麻布グループの休眠会社で借入れのない会社の名義で口座を開設し、引き続き預金を隠匿しようと企てた。

そこで、そのころ、被告人Aは、被告人Cに対し、麻布グループの休眠会社であった麻布自動車業販株式会社の名義で新たに口座を開設するよう指示し、被告人Cは、これを受けて、同月二九日、被告人Bに指示して、港信用金庫東麻布支店に「麻布自動車業販株式会社」名義の普通預金口座(以下、「業販口座」という。)を開設した上、判示第二の別紙一覧表番号31から54までの犯行に及んだ。

三  特に考慮した事情

1  右のとおり、被告人A及び同Bの公正証書原本不実記載等の犯行は、麻布グループの企業である塩那開発について、その株式が三井信託に担保に供されていたため、その担保権が実行されると、被告人Aらが塩那開発の経営権を奪われることから、これを防止するために敢行したものであり、被告人A及び同Cの強制執行妨害の犯行も、麻布建物が債権者から同社の有する預金債権に強制執行をされると、その経営が維持できなくなる状況にあったことから、これを防ぐために敢行したものである。

債権者が債権回収のために担保権を実行したり、債務者の財産に強制執行をすることは、法律上当然の権利の行使であるところ、債務超過となって経営危機に陥った企業の経営者は、本来、債権者の理解と協力の下に徹底した経営努力によってこの危機を乗り切るか、あるいは法的整理又は再建手続に委ねるべきものである。麻布建物も、いわゆるバブル経済の崩壊により、深刻な経営危機に陥ったのであるが、被告人らは、三井信託主導による再建が痛みを伴うものであったことから、このような手段を放棄し、確たる再建方針もないままに、自力再建と称して、結局、麻布グループ各社の経営維持に腐心し、安易に違法な手段に出たものである。このように、本件は、民事法制度の根幹や商業登記、民事執行といった社会の基本的制度への信頼を揺るがしかねず、経営者倫理にもとる自己中心的で身勝手な犯行というほかない。

本件公正証書原本不実記載等の犯行は、塩那開発、麻布ランディング、鹿島総業の間に消費貸借、業務委託等の契約を仮装するなどして、形式上複雑な資金の流れを作り出し、取締役会議事録や株主総会議事録をねつ造して無効な見せ金増資をし、虚偽の増資の登記をしたものであって、複雑かつ巧妙な犯行であり、商業登記簿の社会的信用に与えた影響も無視できないばかりか、塩那開発の株式を担保に取っていた三井信託や、塩那開発の他の株主の利益を著しく害した悪質な犯行である。

一方、本件強制執行妨害の犯行も、弁護士口座自体、麻布建物との同一性の把握が困難であるのに、被告人らは、各賃借人に右口座に入金するように働きかけた上、更に、C口座や業販口座を開設して弁護士口座から預金を移し替えるという二重の隠匿行為を行っていたものであり、やはり巧妙で悪質な犯行である。その隠匿状況は、約二年八か月間もの長期間、五四回もの多数回にわたり、総額二三億円余りの巨額の預金を隠匿するという同種事案に類をみないほどの大規模なものであり、隠匿された預金のほとんど全てが麻布グループの経費等に費消されたため、右預金に強制執行をすることを事実上不可能にされた債権者の被った損害には極めて大きなものがある。ことに、平成七年七月に住専の不良債権処理の問題が大きく報道されて社会問題化した後もなお預金の隠匿を続けたことは、強く非難されるべきである。

2  次に、各被告人の個別の情状を検討する。

被告人Aは、オーナー兼代表者等として麻布グループ各社のワンマン経営者であったが、D弁護士の指導や指示があったとはいえ、社会的存在である会社を私物のようにみなし、その経営権の保持に汲々として、債権者の利益を顧みず、本件各犯行に及んだものであって、その不誠実で身勝手な動機に酌量の余地はない。そして、被告人Aは、本件公正証書原本不実記載等の犯行において、被告人Bから違法な見せ金増資である旨指摘されたにもかかわらず、翻意することなく犯行に及んでいるばかりか、自らD弁護士に対して鹿島総業への新株割当てを提言するなど、同人とともに見せ金増資の立案に深く関与し、被告人Bらに指示して実行させている。本件強制執行妨害の犯行においても、被告人Aは、被告人Cらに指示して犯行を実行させ、適宜隠匿状況の報告を受けるなど主導的役割を果たしている上、隠匿した預金の一部を個人的な株取引に流用するなど、公私混同ぶりを露呈している。このように、被告人Aは、まさに本件各犯行の主犯格というべきであり、同被告人が前記のとおり麻布グループ各社のワンマン経営者であったことに照らすと、本件各犯行により最も利益を享受したのも同被告人にほかならない。こうしてみると、被告人Aの刑事責任は誠に重い。

他方、被告人Aは、三井信託と決別した後、D弁護士に麻布建物の経営再建を全面的に依頼していたところ、本件公正証書原本不実記載等の犯行は、D弁護士が、右経営再建の一環として発案し、資金移動の枠組みをも考案したものであり、D弁護士の存在なくしてはこの犯行が成り立たなかったことは否定できない。本件強制執行妨害の犯行も、同様に、D弁護士から弁護士口座の名義を借りた上、同人の助言や一部金融機関の不明朗な協力のもとに犯行に及んだものと認められるところ、隠匿した預金のほとんどは麻布グループの経費に費消されており、被告人Aが個人的に流用したものも、隠匿額全体に比べれば少額にとどまっており、しかも、既にそのほぼ全額が返還されている。加えて、被告人Aのために有利に酌むべき事情として、本件各犯行を自白して反省の態度を示していること、前科がないこと、妻が今後の監督を誓約していること、事件が大きく報道されるなどして相応の社会的制裁を受けていることなどが認められる。

しかし、これらの有利な事情を最大限考慮しても、前記の本件事案の重大さ、悪質さに鑑みると、被告人Aに対しては、到底刑の執行を猶予するのは相当ではなく、主文の実刑が相当である。

3  被告人Bは、塩那開発の取締役として、見せ金増資が犯罪になることを認識しながら、本件公正証書原本不実記載等の犯行に及んでいる上、犯行においては、増資及びその登記に必要な取締役会議事録等の書類を一部ねつ造するなどして準備したり、増資資金の経理処理や司法書士への増資登記手続の依頼を行うなど、重要な役割を果たしている。このようにみると、被告人Bの刑事責任も軽くない。

他方、被告人Bは、麻布グループから給与の支払いを受けて勤務していた者であり、右犯行においても、被告人AやD弁護士の指示に従って行動していたものと認められ、被告人AはもとよりD弁護士と比べても、その関与の態様は従属的というべきである。また、被告人Bには、本件犯行を自白し反省の態度を示していること、前科がないことなどの酌むべき事情も認められる。

以上の諸事情を総合考慮すれば、被告人Bに対しては、主文のとおりの刑を量定した上で、その刑の執行を猶予するのが相当である。

4  被告人Cは、麻布建物において既に借名口座を利用した預金の隠匿が行われていることを十分認識しながら、麻布グループに再入社して麻布建物の経理事務を担当するようになり、社会的に許されない行為と知りながら本件強制執行妨害の犯行に及んでいる上、犯行においては、預金隠匿のための借名口座の名義を貸したり、部下に指示して借名口座の開設、預金の振替えを行わせるなど、重要な役割を果たしている。

他方、被告人Cは、右のとおり、既に麻布建物において被告人B名義の口座を利用した預金の隠匿が開始された後に、麻布グループに再入社した者であり、既定の方針に則って一連の預金隠匿行為の途中から加担したに過ぎないものといえる。また、被告Cは、被告人Bと同様、麻布グループから給与の支払いを受けて勤務している者であり、右犯行においても、被告人Aの指示に従って行動していたものであり、被告人Aに比べれば、その関与の態様は従属的であるし、隠匿した預金の一部を被告人Cが個人的用途に費消したこともない。加えて、被告人Cには、本件犯行を自白し反省の態度を示していること、前科がないことなど、酌むべき事情も認められる。

以上の諸事情を総合考慮すれば、被告人Cに対しては、主文のとおりの刑を量定した上で、その刑の執行を猶予するのが相当である。

(裁判長裁判官朝山芳史 裁判官大熊一之 裁判官岩﨑邦生)

別紙<省略>

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